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東京地方裁判所 平成4年(行ウ)190号 判決 1995年7月20日

原告

東北測量株式会社

右代表者代表取締役

有馬正継

右訴訟代理人弁護士

太田恒久

(他二名)

被告

中央労働委員会

右代表者会長

萩澤清彦

右指定代理人

鈴木重信

(他三名)

被告補助参加人

全日自労建設一般労働組合青森県本部

右代表者執行委員長

福士吉之助

被告補助参加人

全日自労建設一般労働組合青森県本部東北測量分会

右代表者執行委員長

小山内俊則

右補助参加人ら訴訟代理人弁護士

山下登司夫

(他二名)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

被告が中労委平成三年(不再)第一七号事件につき平成四年九月一六日付けでした命令を取り消す。

第二事案の概要

本件は、原告が被告に対し、被告の原告に対する、原告が年末に組合員に支給した「もち代」と称する金員の支給方法が不当労働行為であるとしてこの是正を命じたこと並びに賃金引上げ及び一時金に関する団体交渉について原告に誠意がないとしてこの是正を命じたことが違法であるとして、この命令の取消しを求めた事案である。

一  争いのない事実及び証拠により容易に認められる事実

1  当事者関係

(一) 原告

原告は、肩書地に本社を置き、地上測量、空中写真測量等を業とする株式会社であり、従業員数は昭和六三年一二月当時で約七〇名であった。

(二) 被告補助参加人全日自労建設一般労働組合青森県本部(以下「補助参加人県本部」という。)

補助参加人県本部は、建設労働者、一般中小企業労働者等で構成する全日自労建設一般労働組合中央本部の下部組織であって、肩書地に事務所を置いており、組合員数は同月当時で約三五〇名であった(<証拠略>)。

(三) 補助参加人県本部東北測量分会(以下「補助参加人分会」という。)

補助参加人分会は、補助参加人県本部の下部組織として昭和五八年三月六日に原告の従業員により結成され、肩書地に事務所を置いており、組合員数は同月当時で一七名であった。

2  補助参加人分会結成後の労使関係等

(一) 労使紛争の発生

補助参加人らは青森県地方労働委員会(以下「青森地労委」という。)に対し、同分会が結成された直後から原告を被申立人とする不当労働行為救済の申立てを、昭和五八年に六件、同五九年に一件それぞれなした。

青森地労委は、昭和六一年八月、右申立事件のうち、昭和五九年の申立てにかかる不当労働行為救済申立事件(昭和五九年(不)第一二号)について、「原告は、補助参加人県本部及び同分会の申し入れた賃金引上げ及び一時金に関する団体交渉について、補助参加人らに対し、原告の経営実態を把握し得る資料を提示する等、誠意をもって応じなければならない。」等を内容とする命令を発した。

補助参加人らは、右命令の発出を契機に右昭和五八年の六件の不当労働行為救済申立事件について、同六一年一一月に五件、同六三年一二月に一件、それぞれ申立ての取下げをなした。

しかし、原告は、右命令を不服として青森地方裁判所にこの取消請求訴訟を提起したが、同裁判所は、請求を棄却したため、更に仙台高等裁判所に控訴したが、同裁判所も控訴を棄却した。そこで、原告は、最高裁判所に上告し、現在同裁判所に係属中である(なお、同裁判所は、本件口頭弁論終結後の平成六年六月一三日に上告棄却の判決の言渡をなした。)。

(二) 賃金引上げ等の実施状況

原告は、昭和五七年までは賃金引上げを実施し、夏期及び年末に一時金を支給してきたが、補助参加人分会が結成された昭和五八年から平成元年までの七年間は賃金引上げを一度も実施せず、夏期及び年末の一時金についても昭和五八年から昭和六二年の夏期まで支給したことはなかった。

(三) 残業手当の支給と夕食代の支払をめぐる紛争

ア 補助参加人分会所属の分会員らは、原告を被告として、残業手当が労働基準法三七条により算出した金額の約三分の一しか支給されていなかったとして、未払残業手当等の支払を求める訴えを青森地方裁判所に提起したが、原告と補助参加人県本部との間で、昭和五八年一二月二九日、右の点に関し話し合いが成立し、右手当等の支払に関する協定書(以下「本件未払残業手当等支払協定書」という。)が作成され、そこで、右分会員らは右訴えを取り下げた。

イ 本件未払残業手当等支払協定書には、未払残業手当についての遅延損害金の支払につき、原告が負担した夕食代を考慮に入れた上で別途支払う旨の条項(以下「本件残業手当遅延損害金支払条項」という。)が含まれていた。

ウ そこで、原告は、全従業員に対し、昭和五九年四月二五日、原告の提供した夕食代と未払残業手当についての遅延損害金との精算書ができたとし、その不足分を同年五月一〇日までに納入するよう告知するとともに、各従業員の給与袋に精算返納請求書を入れ、返納を求めた。

右の請求の内容は、原告が本件残業手当遅延損害金支払条項を右遅延損害金と夕食代とを相殺することを規定したものと解し、夕食代については残業した者全員が一律に食事を摂取したものとして計算し、夕食代と右遅延損害金の差額を請求するというものであった。

なお、原告は、夕食を一度も摂取したことがない旨を申し出た分会員二名については以後請求対象から除外した。

エ 右に対し、補助参加人分会は所属分会員らに対し、本件残業手当遅延損害金支払条項の「夕食代を考慮に入れた」との文言は、原告が遅延損害金を多少減額して支給してもよいとの趣旨であるとの見解に立ち、右差額を支払わないよう指示し、この見解をその後も維持してきた。

3  労働委員会に対しての救済申立てに至る経緯

(一) 昭和六二年度「もち代」支給について

ア 補助参加人分会は原告に対し、昭和六二年一一月六日、同分会結成後五年間にわたり一時金が支給されず、生活が困窮しているとして、文書で年末一時金として基本給の三・七箇月分(但し、平均年齢三四歳、金額にして五五万八七〇〇円)の支給を要求した。

イ しかし、原告は補助参加人分会に対し、同月一八日、経営状態が悪化していることを理由として年末一時金を支給することはかなり困難である旨を文書で回答した。

ウ ところが、原告は補助参加人分会に対し、同年一二月二四日、「もち代」と称する金員(以下「本件「もち代」」という。)を支給する旨の文書を提示するとともに同一内容の文書を全従業員に配布した。この文書の中で原告は、<1>夕食代を三年以上も返済していない従業員に対してはこれを考慮して支給額を決めたこと、<2>本件「もち代」の支給額算定に当たっては、就業規則五〇条に基づき、勤務成績、すなわち、技術の優劣、仕事に対する熱意、原告に対する貢献度、その他懲戒に値する事実の有無等を十分配慮したことを明らかにした。

なお、就業規則五〇条は、「原告の業績及び経理事情を考慮の上従業員の勤務成績を勘案して賞与を支給することがある。」と規定している。

エ 原告は、同月二五日、従業員の毎月の給料が振り込まれている銀行口座に本件「もち代」を振り込んだが、未払夕食代をどのように考慮したかは明らかにしなかった。

なお、原告は、本件「もち代」として支給した金額の経理処理に当たり、これを給与所得の源泉徴収の対象となる「給与・賞与」に含めた。

オ 原告は、青森地労委の審問において、本件「もち代」は、各分会員の基本給の一箇月分を基準とし、それから分会員全員の未払夕食代の合計額を各分会員の基本給額に按分比例して算出した額(以下「按分比例額」という。)を控除し、更に人事考課による増減をなして算出したもので、本件「もち代」は、別紙(一)「もち代」算出表記載のとおりであることを明らかにした。

また、青森地労委は原告に対し、分会員以外の本件「もち代」の支給状況、考課査定ランク別支給状況及び本件「もち代」支給における考課基準等を明らかにするよう求めたが、原告はこれに応じなかった。

(二) 昭和六三年度賃金引上げ要求に関する団体交渉の経緯について

ア 補助参加人分会が結成されて以来五年間賃金引上げが実施されていない中で、補助参加人分会は原告に対し、昭和六三年二月二四日、同年度賃金引上げとして基本給の三七・二パーセント(但し、平均年齢三二歳、金額にして五万四七〇〇円)の要求書を提出した。

イ そこで、原告は補助参加人分会に対し、同年三月一〇日、回答書を提示したが、この内容は次のとおりであった。

<1>昇給原資の確保が困難であるため賃金引上げには応じられない、<2>現在の基本給は全国的な同業他社に比し決して低位にあるとは思われない、<3>賃金は支払能力を十分考慮し決定することが原則である、<4>測量業界の現状を見ると全受注額の約二〇パーセントを占めていた道路台帳整備事業が終結する、<5>原告においても本年度受注額が概ね三〇パーセント減少している、<6>同年四月から逐次各自の能力に応じて賃金額を修正し、最終的には昭和六八年四月までに全面的に新しい賃金体系に移行する、<7>昇給については人員削減によってその原資を確保できれば実施は可能であり、賞与については経営の合理化を図らない限り支給は不可能である。

ウ 補助参加人県本部は原告に対し、昭和六三年三月一五日、同年度賃金引上げと本件「もち代」の差別支給についての団体交渉を申し入れた。

エ 右に対し、原告は、同月一八日、交渉委任の場合は前日の一二時までに委任状を提出すること、委任状には氏名、住所、職業を記すこと、交渉員の交渉当日の変更は認めないこと、これらに違反した場合は交渉を即時停止してもやむを得ないこと等八項目を守ることを条件(以下「本件八項目団交開催条件」という。)に同月三一日に団体交渉に応じる旨を回答した。

ところで、原告と補助参加人県本部との間には、既に昭和五八年一二月二四日付けで団体交渉に関する協定(以下「本件団交協定」という。)が締結されていたが、本件八項目団交開催条件の中にはこの協定にはない条件も含まれていた。そこで、補助参加人県本部は原告に対し、同月二三日、原告の提示する日時、場所については異存はないが、新たな条件を付さずに本件団交協定により交渉したいと通知した。これに対し、原告は、この条件に応じられない場合には事前折衝をしたい旨を主張したため、同月三一日の団体交渉は開催されなかった。

オ 本件八項目団交開催条件に関する原告と補助参加人県本部の主張は平行線のままであったが、同年四月二三日、原告と補助参加人県本部とは、前記三月一五日付けの申し入れ議題を交渉議題として、団体交渉を開催した。

原告は、席上、昭和六三年度賃金引上げ要求に対し、同六一年度の受注額、売上高及び経常利益の状況等を口頭により説明したが、原告の受注額と売上高とは、その算定期間が異なっていたため、そのまま単純には比較することはできないものであった。そして、受注額と売上高は比較できないとする原告の説明に、補助参加人分会は「原告が比較できないものを我々が比較できるはずがない。」等と発言し、交渉は紛糾した。

なお、毎年度の決算書は関係官庁を通じ公開されるものであったが、原告は、補助参加人らの要求にもかかわらず、従来からこれを提示せず、昭和六一年度決算書も既に関係官庁に提出済みであったが、団体交渉に当って同決算書や原告の経営実体を示す具体的な資料を提示することはなかった。

また、補助参加人らが「組合員の中には生活保護を受けなければならないような水準にまで落込んでいる者もいる。」と発言したことを契機に、補助参加人らが「プライバシーの侵害だ。議会で取上げてもらう。」と発言するとこれらの発言を取消すよう求める原告との間で再度紛糾し、交渉は実質的な話し合いに入らないまま原告の退席により終了した。

(三) 昭和六三年度「線香代」の支給

ア 補助参加人分会は原告に対し、昭和六三年七月二〇日、夏期一時金として基本給の二・五箇月分(但し、平均三四万五〇〇〇円)の要求書を提出した。

イ ところが、原告は全従業員に対し、同月二五日、全従業員の毎月の給料が振り込まれている銀行口座に「線香代」と称する金員(以下「本件「線香代」」という。)を振り込んだ。その金額は組合員の平均で〇・四箇月分(但し、原告は約〇・四八箇月分と主張している。)であった。

ウ 原告は補助参加人分会に対し、同月三〇日、業績悪化を理由に夏期一時金要求には応じられない旨を文書で回答した。

(四) 労働委員会に対しての救済申立て

補助参加人らは、同年一二月七日、原告が補助参加人分会員らに対して差別的に本件「もち代」から未払夕食代を差し引いて支給したこと、同年度賃金引上げに関する団体交渉において何ら資料も示さず不誠実な対応に終始したこと及び補助参加人分会との団体交渉を経ないで一方的に一時金を支給してきたことは労働組合法七条一号、二号及び三号に該当する不当労働行為であると主張して、青森地労委に救済の申立てをなした(青森地労委昭和六三年(不)第四号事件)。これに対し、青森地労委は、補助参加人らの申立ての一部を認容し、平成三年三月一二日付けをもって救済命令(以下「初審命令」という。但し、主文は別紙(二)のとおり)を発した。

原告は、初審命令を不服として、被告に対し、再審査の申立てをなしたところ(中労委平成三年(不再)第一七号事件)、被告は、平成四年九月一六日付けをもって、「本件再審査申立を棄却する。」との命令(以下「本件命令」という。)を発し、この命令書は、同月二九日、原告に交付された。

二  主要な争点

1  本件「もち代」から未払夕食代を按分比例して差し引いたことの労働組合法七条一号及び三号該当の不当労働行為性の有無

2  本件「もち代」及び本件「線香代」を一方的に支給したことの同法七条三号該当の不当労働行為性の有無

3  昭和六三年度賃金引上げ要求に関する団体交渉につき同法七条二号該当の不当労働行為性の有無

三  争点に関する当事者の主張

1  原告の主張

(一) 救済利益について

本件命令のうち、田沢美知治外一六名に対して金員の支払を命ずる部分は、これらの者のうち奈良岡康文は平成二年一一月に、倉内喜代志は同年八月に、それぞれ補助参加人分会を脱退し、本件緊急命令に従って金員を支払う旨の原告の申入れに対しても右金員の受領を辞退しており、本件命令による救済を受ける利益を放棄する旨の意思が明らかであり、本件命令中右二名に対して金員の支払を命ずる部分については救済利益がなく明らかに違法である。

(二) 本件「もち代」支給額決定に際し未払夕食代を勘案したことについて

本件「もち代」は、就業規則等に定められた賞与等とは異なり、原告が任意に支給した恩恵的給付であって、その支給の有無、額、算定基準、支給方法などの一切が原告の裁量によるものであった。そこで、原告は、本件「もち代」の支給に際し、未払夕食代の返還に当時応じようとしなかった分会員とこの返還に応じた非分会員との間で公平を欠いたことを考慮し、従業員間の公平を期するためのやむを得ない措置として、未払夕食代を勘案して支給額を決定したのである。

(1) 未払夕食代返還請求権の根拠

本件未払夕食代返還請求権の根拠は、本件残業手当遅延損害金支払条項にある。

本件命令は、右条項につき、遅延損害金と未払夕食代との相殺を合意したものではないと認定するが、これは本件未払残業手当等支払協定書の成立経緯を十分検討することなくなされた誤った判断である。

すなわち、原告は、残業代につき、タイムカードに打刻された退社時刻まで正味残業したものと認め、補助参加人分会の要求に従って差額を支払うこととしたが、そうであるからには残業時に原告の提供した食事代金を支払ってもらいたい旨の申入れをなし、補助参加人分会もこれを了承したので、本件残業手当遅延損害金支払条項が合意されたのである。

以上の経緯に照らすならば、本件残業手当遅延損害金支払条項は、分会員が原告に未払夕食代を返還すべきこと、そして、原告が未払残業手当に対する遅延損害金を支払うに当たり右未払夕食代を控除した上で支払うことを定めたものであったことは明らかである。そして、未払夕食代が遅延損害金を上回った場合にその差額の返還を免除する旨の規定は存しないのであるから、その差額について原告が請求し得ることは当然である。

(2) 未払夕食代支払をめぐる労使間の事情

原告は、前述のとおり、本件未払残業手当等支払協定書に基づいて未払夕食代の支払を求めたが、補助参加人分会は正当な理由なく頑なにこれを拒否し、正常な労使関係の維持のために無視できない状況を生じていた。

補助参加人分会の主張するところは、何ら支払拒否の理由たり得ないものであり、補助参加人分会及び分会員の対応は、右協定を蔑ろにする極めて不誠実なものであった。

しかるに、本件命令は、このような補助参加人分会の不誠実な対応について検討することなく、逆に原告の支払請求の方法について「請求に当たり、具体的な内訳を示さず、事前に組合に通知することもしなかった。」と誤った認定をして、原告のみを一方的に非難する。しかし、原告は、昭和五九年四月二九日付け告示をもって各分会員に対して支払うべき未払夕食代の明細として、残業手当支払額、これに対する遅延損害金、利息を含む未払夕食代、右遅延損害金と未払夕食代の差引請求額を明らかにするとともに、その後給料日毎に、これらの明細を示した書面を各分会員の給料袋に入れて請求したのであって、具体的な内訳を示さなかったというのは明らかな事実誤認である。

なお、分会員二名から夕食を摂取したことはない旨の異議が出されたが、その他の者から請求内容について異議が出されたことはなく、また、右二名についてもこの異議を容れて請求の対象から除外している。

さらに、本件命令は、原告が事前に補助参加人分会に通知しなかったとして、同分会の存在を無視する対応であると認定するが、原告は、そもそも右協定の履行をしたにすぎないのであって、同分会に通知することを求められる理由は何ら存在しない。

(3) 本件「もち代」の趣旨及び法的性質

本件命令は、本件「もち代」の趣旨及び法的性質について検討することなく、漫然と賞与と同一視して論ずるものであって、誤った前提に立って原告の措置を判断している。

測量業界は、昭和五五年以来の公共事業の抑制策等により深刻な業績不振に陥っており、この中にあって原告も最も厳しい状況におかれたことから、昭和五八年以降は数年にわたって賞与の支給はもとより賃金引上げも全く実施できない状態にあった。原告は、昭和六二年の年末にもこのような深刻な業績不振の中で、補助参加人分会からの賞与支給要求に到底応ずることはできなかった。しかしながら、原告代表者は、数年来賃金引上げすらない従業員の窮状を考え、年越しのためのいわゆるもち代として、せめて基本給の一箇月分程度のものを何とか捻出して支給してやりたいとの配慮から、特別な措置として本件「もち代」を支給することとしたのである。

(4) 本件「もち代」の支給額の決定及び支給に当たっての勘案の方法の正当性

前述のとおり、当時は本件残業手当遅延損害金支払条項の履行をめぐる労使関係において、未払夕食代の支払に応じている非組合員とこれを拒んでいる分会員との間で公平を欠き、正常な労使関係を維持形成する上に重大な障害となっていた。

原告は、分会員非分会員を問わず本件「もち代」の原資を基本給の一箇月分として、未払夕食代を勘案しつつ各人の業績を併せて考慮することとした。しかし、各人の基本給の一箇月分相当額から、単純に未払夕食代を差し引いて計算すると、分会員のうち五名についてはマイナスとなり、原告が従業員の窮状を考えて特別な措置として本件「もち代」を支給することとした趣意が生かされないこととなった。そこで、全員について何程かのもち代が支給されるようにと思案した結果、分会員全員の未払夕食代合計額を各分会員の基本給額に按分比例して割り振り、これを基に各分会員の支給額を決定し、これを本件「もち代」として支給することとした。このことは、全員の生活を考えて、各人に何程かの年越しのためのもち代が支給されるようにするための苦肉の策であって、この措置を「不利益を課するもの」などと言われる筋合は全くない。

(5) 救済方法

以上のとおり、本件「もち代」の支給に際し、未払夕食代を勘案したことが不当労働行為に該当するということにはならないのであって、本件命令の誤りは明らかである。

また、仮に原告の対応に何らかの遺憾な点があったとしても、その救済方法として懲罰的に年六分の遅延損害金まで付して支払を命じたことは、原状回復の趣旨を逸脱しており、裁量権の範囲を超えた違法なものである。

(三) 本件「もち代」及び本件「線香代」の支給

本件「線香代」についても、その趣旨及び法的性質は本件「もち代」について述べたと同様である。すなわち、原告は、当時、極めて深刻な業績不振にあり、補助参加人分会の要求する賞与を支給する余地は全くなかったが、数年来賞与支給はもとより賃金引上げも実施できなかったことによる従業員の生活の窮状を察し、特別の措置として本件「線香代」を支給することとしたのである。

したがって、本件「もち代」及び本件「線香代」の支給に際して補助参加人分会との交渉を回避するとか、補助参加人分会の存在を無視するなどという意図は毛頭なかったのであり、これを不当労働行為とすることはできない。

本件命令は、本件「もち代」及び本件「線香代」の支給が一方的であるとして、「ことさら組合の存在を無視するもの」と判断しているが、これは本件「もち代」及び本件「線香代」の趣旨及び支給に至る事情等について検討することなく、これらを賞与(一時金)と同一視する前提に立つものであって、予断に満ちた独断的判断である。

また、補助参加人分会も、本件「もち代」について、昭和六三年三月になって初めて「支給額」について問題としたのであり、その支給が「一方的」であるとの点について団体交渉等で問題としたことはなく、本件「線香代」についても、補助参加人分会がこの支給を問題としたことはなかった。

このように、補助参加人分会としても本件「もち代」及び本件「線香代」の支給について「意図的に組合との交渉を回避」したものとは受け取ってはいなかったのである。

加えて、本件「もち代」及び本件「線香代」の支給は、原告の業績及び経理事情から、全く賞与を支給し得なかった特殊事情の下において一時的に生じた問題であったにすぎない。本件命令も認定するとおり、原告の業績が回復した後の平成元年末においては、原告は、十分な団体交渉を行った上で交渉を妥結し、協定を締結して賞与の支給を実施しており、その後も毎年の賞与に関する団体交渉は支障なく行われている。

本件「もち代」及び本件「線香代」の支給が不当労働行為に該当するとはいえず、仮に原告の対応に何らかの問題があったとしても、もはや救済の必要性は全くない。

(四) 昭和六三年度賃金引上げ要求に関する団体交渉の不当労働行為性について

(1) 本件八項目団交開催条件提示について

原告が本件八項目団交開催条件を提示したのは、従来団体交渉の開催条件を巡ってしばしば紛争が生じていたため、正常かつ円滑な団体交渉を実施するためであった。

原告は、補助参加人県本部に対し、問題があれば、条件整備のための話し合いをしたい旨を併せて提案し、昭和六三年三月三一日と同年四月五日とにそれぞれ事務折衝を行い、団体交渉が早急に開催されるよう努力したのであって、原告の対応を「誠実なものとはいえない」とした本件命令は極めて不当である。

(2) 団体交渉においての説明の程度

原告は、本件団体交渉において、原告をも含め、当時の測量業界全体が深刻な業績不振の状況下にあったので、賃金引上げが実施できるような経理状況にはないことを具体的に経理上の数字を示して説明した。

ところが、本件命令は、補助参加人らが「原告の状況を検討する余裕のないままに交渉に応じなければならなかった」と認定している。しかし、決算書は関係官庁を通じて公開されるのであって、昭和六二年度の決算書も同様であり、補助参加人らはこれを容易に入手し、事前に十分検討することができたのである。また、原告は、補助参加人分会に対し、本件団体交渉に先立ち、昭和六三年三月一〇日付け「要求に対する回答」を手交し、これによって業界全体の置かれた状況、原告の状況について説明している。このように原告は、賃金引上げが実施できない理由について補助参加人らの納得を得るべく誠意をもって対応したのである。

仮に、本件命令の認定するように、「原告の状況を検討する余裕のないままに交渉」しようとしたというのであれば、団体交渉の開催を求めればよいはずであるが、補助参加人らから団体交渉開催要求はなかった。

また、本件命令は、原告が「関係官庁を通して公開される決算書さえ組合に提示しないという態度をとった」と認定するが、補助参加人らは決算書を容易に入手し、検討することができたのであり、しかも、本件団体交渉において補助参加人らが経理資料の提示を求めたことは一切なく、原告の対応に不誠実な点はない。

(3) 本件団体交渉が決裂に至った理由

原告は、補助参加人らの要求に応じられない理由を誠意をもって十分に説明したのであり、補助参加人らとしても、原告の説明に納得し難い点があればその点について更に質問し、説明を求めるなどの対応により誠意をもって交渉に当たるべきであった。

しかるに、補助参加人らは、一方的に言い掛かりをつけたり、原告の説明をまぜ返すなどして交渉の場を混乱させ、さらには有馬社長に対し「顔を洗って出直して来い」等の暴言を吐くに至った。原告は、正常かつ円滑な団体交渉を進めるべくこの発言の取消等を求めたが、補助参加人らはこれに応じようとしなかったため、団体交渉を続けることができなくなった。

このように、団体交渉が決裂したのは、専ら補助参加人らに責任があった。

本件命令は、補助参加人らの暴言について、「プライバシーの侵害だ。議会で取り上げてもらう。」と述べたに止まるかのごとく認定するが、そのような内容であれば原告もその取消を求める必要はないのであって、実際には「顔を洗って出直してこい」という侮辱的なものであった。原告が右発言の取消を求めたのは、正常かつ円滑な団体交渉を進める上で当然のことである。本件命令は、補助参加人らの暴言の内容を誤って認定したうえ、「原告の一方的退席により実質的な話し合いに入らないまま交渉が終了した」と、あたかも原告が補助参加人らの暴言を奇貨として即座に退席したかのように極めて不当な認定をしている。

さらに、補助参加人らとしては、本件団体交渉がこのような形で終了したことにより、原告の説明が不十分であると判断したならば、原告に対し再度団体交渉の開催を要求すれば足りるはずであるが、補助参加人らはこれ以降団体交渉開催を要求したことはない。本件命令がこの点について検討することなく、原告の対応が不当労働行為に該当すると判断したのは著しく不当である。

2  被告の主張

被告の発した本件命令は、労働組合法二五条及び二七条並びに労働委員会規則五五条の規定に基づき適法に発せられた行政処分であって、処分の理由は本件命令書記載のとおりであり、被告の認定した事実及び判断に誤りはなく、原告の主張には理由がない。

3  補助参加人らの主張

(一) 補助参加人分会結成後の原告の労務政策

原告は、補助参加人分会結成以降従業員に対して極端な労務対策を開始した。

原告は、その設立後間もない昭和三三年頃から補助参加人分会結成前の同五七年までの約二五年間にわたり昇給、夏冬の一時金の支給を実施してきたが、補助参加人分会が結成されるや、補助参加人分会の賃金引上げ要求、夏冬の一時金支給要求に対しゼロ回答に終始し始め、この異常な事態を平成元年まで七年間も継続させることにより、従業員にとって昇給、一時金、残業手当を基礎とした住宅ローンの支払、生命保険等各種保険の支払、子弟の教育費の支払をはじめとする生活設計を根本的に脅かす事態を生み出したのである。この結果、補助参加人分会所属の分会員の収入は同業他社などと比較すると大幅な格差がつけられた。

(二) 本件「もち代」からの未払夕食代の控除

原告は、労働基準法三七条により算出した金額の三分の一程度しか残業手当を支給しないで従業員を残業させていた。その際、夕食を提供していたが、全く食事をしなかった者もいた。ところで、夕食の提供は、福利厚生の一環としてなされているのであり、未払残業手当が支払われたからといって、その夕食代を原告に支払うべきいわれはない。本件未払残業手当等支払協定書も、右のことを前提として、あくまでも「(未払残業手当の)遅延損害金は夕食代を考慮に入れた上で」原告が「別途支払う」ことが合意されただけである。

それとともに、各分会員の未払夕食代とは別に、分会員全員の未払夕食代の合計を各分会員の基本給額に按分比例させて差し引くことは、分会員であることを理由として不利益を課するもので、到底許されない。

(三) 本件「もち代」及び本件「線香代」の支給

原告が一方的に支給した本件「もち代」及び本件「線香代」の実質が一時金であって賃金と同一の法的性質を有することは、就業規則五〇条により、従業員の勤務成績、即ち技術の優劣、仕事に対する熱意、原告に対する貢献度、その他懲戒に値する事実の有無等を十分配慮した上で支給されていること、本件「もち代」及び本件「線香代」の支給の前後に一時金が支給されていないことなどから見て明らかである。

原告は、何年もの間賃金引上げゼロ、一時金不支給の状態を継続させ、補助参加人分会の一時金支給要求にゼロ回答をしておきながら、本件「もち代」及び本件「線香代」として一方的に金員の支給をしたことは、ことさら補助参加人分会の存在を無視した措置である。

(四) 昭和六三年度賃金引上げの団体交渉

昭和六三年の賃金引上げ交渉に関する原告の対応が誠実団交義務に違反することは、明らかである。

すなわち、原告は、補助参加人分会の経営実態を把握できる具体的資料を提示して説明して欲しいという当然の要求に対し、「原告の決算書は外部に漏らしてはならない。たとえ企業内組合であってもだめである。ましてや全国組織の共産党系の組合には一切教えない。」、「ただ説明しても納得しない者はいくらやってもだめだ。ましてや建設一般などという組合はだめである。」などという嫌悪ないし敵視する言動によって右要求を拒否し続けている。しかも、本件に先立って提起された同種不当労働行為救済申立事件において、青森地労委が「経営実態を把握し得る資料を提示する等、誠意をもって(団体交渉に)応じなければならない。」という内容の救済命令を発しても、原告は、具体的資料の提示を拒否するという対応をとり続けている。

第三争点に対する判断

一  本件「もち代」から未払夕食代を差し引いたことの不当労働行為性について

本件「もち代」の趣旨及び法的性質について検討するに、本件「もち代」が仮に原告の主張するような原告の全くの裁量による恩恵的給付に過ぎないとするならば、これは原告と補助参加人分会所属の分会員の労働契約関係とは関わりのない無償供与の問題であるということとなる。

しかし、本件「もち代」を支給するに至った前記経緯に鑑みれば、補助参加人分会の原告に対する昭和六二年度年末一時金支給要求に対し、原告は、経営悪化を理由にこの支給がかなり困難である旨の回答をしておきながら、この翌月には、「もち代」という名目で非組合員をも含めた全従業員に対し金員を支給することとしたが、この支給額については賞与支給規定である就業規則五〇条に基ついて勤務成績等を考慮のうえ決定しており、そして、この支給については給与所得の源泉徴収の対象となる「給与・賞与」として経理処理をしているのであるから、労働契約上の金員、すなわち、年末一時金ないし賞与としての性質を有した金員の支給であったと認めることができる。

そこで、本件「もち代」から未払夕食代を差し引いたことが問題となるので、本件未払残業手当等支払協定書が作成されるに至った経緯をみるに、証拠(<証拠・人証略>)によると、次の事実を認めることができる。

原告と補助参加人らとは、前記未払残業手当等支払請求訴訟提起後の昭和五八年一二月二九日、自主的解決を目指して団体交渉を開催した。この交渉で、原告は、残業の中身(真実残業の必要性があって残業をしたか否か)について疑問を抱いていたが、タイムカードに退社時間として打刻された時間をすべて残業時間と認め、これに残業手当を支払うことを認めたものの、補助参加人分会所属の分会員らの要求するとおりの残業手当を支払う以上は原告が残業中に提供した食事代をも支払ってもらいたい旨の要求をした。これに対し、補助参加人らは、何らの異議をも述べることはなかった。このようなことから本件未払手当等支払協定書が作成された。

ところが、右協定書によれば、右分会員らは右訴訟事件を取り下げることとなっていたのに、この取り下げを巡って再度原告と補助参加人らとの間に紛争が発生し、両者は、青森地方裁判所で約三回に亘り交渉をしたが、この中で、補助参加人らは、夕食代は福利厚生の一部であるから返済する必要がない旨の主張をし、原告がその返済を求めて意見の一致をみなかったが、最終的には右協定どおりとすることで落着した。

右認定事実によると、本件残業手当遅延損害金支払条項は、原告は右分会員らに対し残業手当のみならずこの遅延損害金の支払義務をも負うこととなったが、この遅延損害金の額については原告において原告が残業時間中に提供した夕食代金を考慮して決定し、この残額を支払うこととするという趣旨であると解することができる。

そうすると、右条項は原告に残業手当遅延損害金の支払につき未払夕食代金との一種の相殺決済をすることを認め、原告は右分会員らに対し、この残額を支払えば足りるということを定めたものと解することができる。

この点につき被告は、損害金と未払夕食代とを相殺するような合意のあったことを認めるに足りる疎明はなく、その他未払夕食代を原告が一方的に差し引くことを肯認する事情もないと認定・判断するが、これは相当ではない。

以上説示したところから明らかなとおり、本件「もち代」は年末一時金ないし賞与としての性質を有するものであるから、この支給額の決定は原告の裁量によるものであることを否定することはできないが、しかし、これも合理的な範囲に限られると解するべきである。

ところが、本件にあっては、原告は、本件「もち代」の支給額の決定につき、分会員らの同意を得ることなく一方的に未払夕食代との相殺決済をなし、しかも、これをすることによる本件「もち代」支給金額の僅少な者の救済方法の一つと称して右分会員全員の未払夕食代を総合計し、この額を各分会員の基本給額に按分比例して支給額を決定したというのであるから、この後者の点において分会員であることを理由として一種の連帯責任を負わせた特別な取り扱いをなしたこととなるということができる。

したがって、本件「もち代」から未払夕食代を按分比例して差し引いて支給した原告の措置は、労組法七条一号の不利益取扱に該当した不当労働行為であるというべきである。

なお、原告は、本件命令のうち田沢美知治外一六名に対する金員支払を命じる部分のうち奈良岡康文及び倉内喜代志に関する部分については救済利益の喪失により違法である旨主張する。

なるほど、原告の主張するとおり、本件命令後右二名は補助参加人分会を脱退し、原告に対し本件命令で支払を命じられた金員につきその返還請求権を放棄している(<証拠略>)。

そこで、まず右両名が補助参加人分会を脱退した点について検討するに、労働組合法の定める労働委員会の救済命令制度は、労働者の団結権及び団体行動権の保護を目的とし、これらの権利を侵害する使用者の一定の行為を不当労働行為として禁止した同法七条の規定の実効性を担保するために設けられたものであり、労働組合はその組合活動に対する支配介入的効果を除去し、正常な集団的労使関係秩序を回復確保するために救済を受けるべき固有の利益を有すると解され、その組合員が当該不当労働行為の後に組合員資格を喪失したとしても、当該組合員が積極的に右の権利利益を放棄する旨の意思表示をなし、又は労働組合の救済命令申立てを通じて右の権利利益の回復を図る意思のないことを表明しない限り労働組合の固有の救済利益に消長を来すものではないと解するのが相当である(最高裁判所昭和六一年六月一〇日判決、民集四〇巻四号七九三頁)。本件にあっては、右両名が本件命令発出前に補助参加人分会を脱退したというのであるが、これ以上に本件救済利益を放棄する旨の意思表示をなしたこと又はこの権利利益の回復を図る意思のないことを表明したことを認めるに足りる証拠はないから、右の脱退の点が本件命令自体の違法事由となることはない。

次に、右両名が金員返還請求権を放棄した点についてであるが、このことは本件命令後の事情であるから、本件命令の違法事由とはならない。

また、原告は、本件支払額に年六分の遅延損害金を付して支払を命じている点を非難するが、このことは被告の裁量権の範囲内の措置であって、本件命令を違法とする事由とはならない。

以上のとおりであるから、この点に関する原告の主張は理由がない。

二  本件「もち代」及び本件「線香代」の一方的支給の不当労働行為性について

本件「もち代」が年末一時金ないし賞与としての性質を有することは前述したとおりである。

本件「線香代」についても、これが支給されるに至った前記経緯に鑑みると、原告は、補助参加人分会が夏期一時金支給要求をしていたにもかかわらず、一方的に「線香代」という名目の金員を支給したというのであるから、本件「もち代」について述べたと全く同様に、夏期一時金ないし賞与としての性質を有するものと解することができる。

そうすると、原告は、補助参加人分会の要求した年末一時金あるいは夏期賞与一時金の支給に対し、支給の有無及び額等を団体交渉等を経ることなく、しかも、本件「線香代」については右支給要求に対する回答をする以前に、一方的に決定し支給したのであり、このことは被告の認定・判断するとおり、ことさら補助参加人分会の存在を無視した措置に出たのであり、労働組合法七条三号に該当した不当労働行為である。

したがって、この点に関する原告の主張にも理由がない。

三  昭和六三年度賃金引上げに関する団体交渉の不当労働行為性について

1  本件八項目団交開催条件の提示について

原告の補助参加人らに提示した本件八項目団交開催条件(<証拠略>)は、次のとおりである。

<1> 交渉員は協定に定められている七人以内とする。

<2> 補助参加人県本部の代表者が交渉委員を委任する場合は前日の一二時までに委任状を提出すること。

<3> 委任状には氏名、住所、職業を明記すること。

<4> 交渉日当日の交渉委員の変更は双方認めないこと。

<5> 団体交渉においては暴力、暴言又は個人的な中傷はしないこと。

<6> 団体交渉中は自由に発言することに意義があるので録音機等は一切使用しないこと。

<7> 会場費は折半とすること。

<8> 上記事項に違反した場合には団体交渉は即時中止しても止むを得ないものとすること。

他方、本件団交協定(<証拠略>)は、全文七箇条からなり、このうちで本件八項目団交開催条件と関係するのは次の四箇条である。

<1> 団体交渉は、原告、補助参加人県本部間の問題解決のため信義誠実の原則に従い秩序をもって平和的に行うものであることを確認する(一条)。

<2> 団体交渉を行おうとする当事者は原則として団体交渉開催希望日の七日前に開催日時、場所、交渉事項、出席者を記載した書面を相手方に提出するものとする(三条)。

<3> 原告及び補助参加人県本部の交渉委員は双方で選任したそれぞれ権限を有するものでなければならない(五条)。

<4> 団体交渉は次の方法によって行う(六条)。

原告及び補助参加人県本部の交渉委員はそれぞれ七名以内とする(同条一項)。

交渉委員はあらかじめ文書により双方通知する(同条二項)。

団体交渉は非公開とする(同条三項)。

そこで、本件八項目団交開催条件を右本件団交協定条項と対比して検討する。

本件八項目団交開催条件<1>の交渉委員の人数の点は本件団交協定六条一項で定められているのと同趣旨であるので、新たな条件提示とはいえない。同条件<2>の交渉委任の点は同協定中には直接明記されてはいないが、同協定三条、五条、六条二項の趣旨の範囲を逸脱するものとは解せられないし、それまでの団体交渉においても委任状の提出がなされていた(<証拠略>)のであるから、新たな条件提示とはいえない。もっとも、右委任状の提出時期が前日の一二時までと限定されている点は問題ではあるが、この点も同協定の趣旨の範囲内であるということができる。同条件<3>の委任状に氏名のみならず、住所職業を明記する点は、同協定中には何らの定めがなく、それまでの団体交渉においてもなされていなかったことである(<証拠略>)。委任状に氏名と役職者としての地位とを記載することは事柄の性質上当然のことであると考えられるが、これ以上に住所、職業を記載することとした点は新たな条件提示といえる。同条件<4>の交渉当日の交渉委員の変更を認めない点は、同協定中には何らの定めのない新たな条件提示といえる。同条件<5>の団体交渉中の暴力行為等の禁止の点は、同協定一条の趣旨に含まれ、新たな条件提示ということはできない。同条件<6>の録音機等の使用禁止の点は、同協定中には明記されていないが、同協定六条三項の趣旨に含まれると解されるので、新たな条件提示といえない。同条件<7>の会場費の折半の点は同協定には全く定められていない新たな条件提示といえる。同条件<8>の条件違反による団体交渉即時中止の点は、同協定には何らの定めがない新たな条件提示といえる。

以上のとおり、本件八項目団交開催条件のうち、右<3>、<4>、<7>、<8>はいずれも新たな条件提示であり、これらはいずれも団体交渉開催の条件としては軽視することのできない条件であるということができる。

原告は、本件八項目団交開催条件を提示したのは、従来団体交渉の開催条件を巡ってしばしば紛争が生じていたので、正常かつ円滑な団体交渉を開催するためになしたのであり、労使間で事務折衝をなして早急に団体交渉が開催されるように努力していた旨を主張する。

原告代表者も労働委員会において団体交渉に部外者が参加したりして紛争が発生したことがあったので、円滑な団体交渉を開催するために本件八項目団交開催条件を提示したものである旨を述べている(<証拠略>)。

なるほど、原告の提示した本件八項目団交開催条件は、右<7>の点はともかくとして、いずれも団体交渉を円滑に進行させるうえで有益な事項であるということができ、原告がこのような条件を提示したからといって何ら問題がないようにも考えられる。しかし、被告もまさしく指摘しているとおり、原告が右の時点で本件八項目団交開催条件を敢えて新たに提示しなければならなかった具体的必要性が本件全証拠によるも明らかではない。

そうすると、原告の本件八項目団交開催条件の提示は、補助参加人らとの団体交渉開催について誠実さが欠ける措置であったと指弾されてもやむを得ないところである。

したがって、この点に関する原告の主張は理由がない。

2  経営実態を具体的に把握できる資料の提示と団体交渉決裂に至った経緯について

昭和六三年度賃金引上げ要求に関する団体交渉の経緯については前述したとおりであるが、補助参加人らに対し、原告の経営実態に関してなした説明の程度と同団体交渉が決裂に至った経緯は、証拠(<証拠略>)によると、次のとおりであったことを認めることができる。

原告は、補助参加人分会が結成された昭和五八年三月六日以降同分会の賃金引上げ、夏期・年末一時期(ママ)支給の要求に対し、いわゆるゼロ回答に終始してきた。このような状況下で右団体交渉が開催されるに至ったのであるが、同団体交渉には、原告側からは有馬社長、有馬宣道専務、立崎営業部長、小笠原営業課長、渡部航測課長の五名が、補助参加人側からは松原分会長、種市、中村各副分会長、高橋分会書記長、小山内、松尾各分会執行委員、福士県本部書記長が出席した。

先ず、松原分会長がゼロ回答には納得できないこと、本件「もち代」は実質的には賃金の一部であり、差別支給であるので補助参加人分会としてこの内容を詰めていきたいこと、補助参加人分会結成以来賃金引上げも一時金の支給もなく同分会員の生活は困窮していること、他の測量会社は毎年八パーセントの賃金引上げを実施しているので、原告の経営状況からしても賃金引上げができるのではないか、との発言をした。これに対し有馬社長は、補助参加人分会の要求する三七・二パーセントの賃金引上げの合理的根拠が疑問である旨の発言をし、松原分会長が右要求の根拠は補助参加人分会所属各分会員の生活実態に基づいたものである旨の回答をした。これに対し、有馬社長は、業績から判断して到底賃金引上げのできる状況にはない旨の発言をし、松原分会長がその具体的根拠について質問をしたのに対し、有馬社長は、受注が対前年度比で一五・二パーセント減少し、昭和六一年七月から同六二年六月までの決算内容からも当然無理であり、同六二年度の経常利益は約一二〇万円増加したが、賃金引上げ、一時金の支給をしていたなら大変なこととなっていたであろうとの、また、地域格差を考慮すると青森県は全国給与の約七五パーセントであり、これからみても現状の賃金は低くなく、むしろ上回っているし、原告の約四〇パーセントが依存している道路台帳整備事業も昭和六二年三月で完結し、今後も補助参加人分会のチラシ配布などの受注妨害行為があれば当然受注が減少することから、当面昇給、賞与の支給は不可能であるとの発言をした。これに対し、松原分会長が具体的に不可能な理由を示してもらわねば納得できないとの、松尾分会執行委員も原告の回答では五〇パーセントとなっているのに、一五パーセントの減少とはどういうことかとの各発言をした。

続いて両者がそれぞれ右有馬社長の発言を巡ってやり取りすることとなったが、松原分会長ら補助参加人ら出席者は有馬社長に対し、受注額等の具体的説明を求めた。これに対する有馬社長の説明は、前記のとおり、受注額と売上高との算定期間が異なっていたために単純に比較をすることができなかったのを説明しようとしたという要領を得ないものであった。このようなことから、福士県本部書記長が有馬社長に対し、前記のとおり、原告が比較できないものを我々が比較できるはずがない等と非難的発言をするようになった。このような状況のときに、たまたま松原分会長が、前記のとおり、分会員の生活が年収からみて生活保護の水準まで落ち込んでいる旨の発言をした。これを聞いた有馬社長は、感情的になり、生活保護を受けている者の具体的な名前を明らかにするように要求し、これを明らかにしなければその者を市役所で調査する旨の発言をした。これに対し、福士県本部書記長が、前記のとおり、市役所で調査することはプライバシーの侵害であり、議会で取り上げてもらう旨の抗議をしたことから、以後これを巡って両者がそれぞれ感情的発言をするようになった。このようなことから原告側が全員退席するようになり、右団体交渉は決裂となった。

右認定事実によると、有馬社長は、本件団体交渉において昭和六一年七月からの原告の経営状況を一応口頭で説明しているということができる。

しかし、右の説明も十分でなかったことは有馬社長が福士県本部書記長の質問に答えることができなかったことをみても明らかであり、原告は、昭和六一年八月、補助参加人ら申立てにかかる不当労働行為救済申立事件(昭和五九年(不)第一二号)につき、青森地労委から団体交渉に関し本件命令と同旨の命令を受け、この命令は青森地方・仙台高等各裁判所によって維持されていたのであるから、右命令に一応従った対応をすべきではなかったかと考えられ、これらのことからも、原告としては更に具体的な根拠を示しての説明をなすのが相当であったと考えられる。

このようなことから、被告は、効果的な団体交渉の実現を図るためには、補助参加人らが原告に対し要求していた決算書等の資料を提示するなどして原告の経営実態を説明すべきであったと判断したものと解せられ、被告のこのような認定・判断は首肯し得るところである。

原告は、計算関係書類は関係官庁を通じて公開されているから、補助参加人らも容易にこれを入手し事前に十分検討することができた旨を主張する。

しかし、補助参加人らが関係官庁を通じて原告の計算関係書類を入手するには困難が伴う(<証拠略>)ばかりか、仮に補助参加人らがこれらの計算関係書類を入手できたとしても、このことによって補助参加人らが原告の経営状況を正確に理解できるとは考えられないし、ましてや原告の意図するとおりの理解を得ることができるとは到底考えられない。

そうすると、計算関係書類は公開されるので補助参加人らに示す必要はないとする原告の対応には、誠実な団体交渉を実現するという観点からは問題があるといわざるを得ない。

また原告は、本件団体交渉が決裂に至った原因は補助参加人らの侮辱的な暴言等にあり、専ら補助参加人らの責任であると主張する。

なるほど、本件団体交渉における補助参加人らの発言、とりわけ福士県本部書記長の発言にはいささか冷静さを欠くところのあったことは被告も指摘しているとおりであるが、この契機となったのは松原分会長の生活保護の水準まで落ち込んでいる旨の発言を有馬社長が生活保護を受けている者がいるとの発言と受け取り、この者が誰であるのかを市役所で調査すると発言したことにあり、有馬社長にも冷静さが求められたところである。

したがって、本件団体交渉の決裂したのが一方的に補助参加人らにあったということはできないから、この点に関する原告の主張も理由がない。

このようなことから、被告は、原告の団体交渉についての対応に誠実さが欠けているとの判断の下に本件命令を発したものと考えられるのであって、この命令は、原告と補助参加人らとの団体交渉の従来からの経緯及び現状に鑑み被告がその裁量権の範囲内で実効性のある団体交渉を実現するために命じたものと解することができ、この点に関する被告の命令にその裁量権を逸脱したと認める根拠資料もない。

したがって、この点に関する原告の主張も理由がない。

(裁判長裁判官 林豊 裁判官 小佐田潔 裁判官 蓮井俊治)

別紙(一) 「もち代」算出表

<省略>

別紙(二) 主文

1 被申立人は、別表「氏名」欄記載の田沢美知治外一六名に対し、各同表「金額」欄記載の金額を支払わなければならない。

2 被申立人は、前項の金額に対して、昭和六二年一二月二六日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払わなければならない。

3 被申立人は、申立人らの申し入れた賃金引上げ及び一時金に関する団体交渉について、被申立人の経営実態を具体的に把握し得る資料を提示する等、誠意をもって応じなければならない。

4 申立人らのその余の申立ては、これを棄却する。

別表

<省略>

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